ツインレイや精神の話とか。

地球という場所での在り方

個としての“私(自我)”があるから、現象を見ることが出来て、それに感情や感想やら色々と思うことが出来る。その奥の、観察者のいない視点は、“私”という者がないので、ただ現象をそのままに観察しているだけ。見通しているだけ。
その二つの所(多次元である視点)から、日常という現象を見て、触れて、過ごしている。そうして、私というものがいない中から、私という者を使って、こうして文字などを書き出すままに書いています。
居ないのに在るって、言葉にするととても変な表現ですが、一つのもの(統合・一元)でありながら、個体(分離・二元)でもある矛盾は、この地球での在り方。