ツインレイや精神の話とか。

魂の選択

私という個の体験上からですが、執着も外れた、思考無きところからの選択に、『レイ相手と三次元(肉体)的に一緒にいること』があります。それは、自我無きところからの自我の選択と言いますか、言い換えて、魂からの選択とも言えますが、そんなところからの幾つかの創造の中に、その選択(という必然)がありました。それをまた別の言葉で表現するなら、役割とか使命とか、そういったものになるのだろうなと思います。
観念も多く、自我も強くあった頃には、“一緒になること”が執着からくる羨望なのだろうかと思うこともありました。自我でもってして、それを取り除こうとしたりしていた時期もありました。けれど、今こうして個人意識も外れているような中から思い至り、見えてくるのは、一緒にいることの選択の先には、宇宙の循環、顕れの一つとしての、意図された(してきた)創造でした。