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ツインレイと精神の話

〈気付き〉という流れ

自ら得た気付きでさえも、去る必要のある時は来る。去っていき、次がやってくる。そして、またそれも去っていく。流れのままに。

掴んだままでいると、次が入って来ずらい。
来るもの拒まず、去るもの追わずといった言葉のように、〈気付き〉を“新たな概念”にしてしまわないよう、いつでもまっさらで。

(概念化させることが悪いわけではありません。)

矛盾

“生まれた者もいない”と言うのは、我々が体験しているこの〈世界〉というものが実在では無いからである。非実在であるその中を、非実在である体を持ち、地球という非実在の星を、我々は錯覚体験しているのだ。
何故、錯覚しているのかと言うと、非実在を「実在だ」と思い込み純粋に体験するためである。

我々は、生まれたのでもなく、また死んでいくのでもない。
非実在でありながら、実在だとする幻の世界の中を生きている、その矛盾が二元である地球だ。

〈融合〉

“陰陽統合”並びに“表裏一体"と言われる現象は、「統合(一体)されて終わり」ではなく、まだその先がある。それは、〈消失〉である。

・陰陽統合→互いの境目がまだ見えている状態
・陰陽消失→境目が消失した状態(言い換えると“融合した状態”とも)

 極限の陰陽が統合したものが迎える先は、この〈消失〉または〈融合〉であり、それは、境目の無い〈ひとつ〉となることである。

 

ツインレイもこの現象に当たり、統合したレイは次に融合を果たし、〈ひとつ〉となる。
だが、一元を見ればレイは〈ひとつ〉であるが、二元性である地球の肉体をどちらかが持っている以上、その融合を実際に果たせるのは、互いが肉体を脱いだ時である。

ツインレイの事を、地球言語的に「地球最後」「転生最後」と表するのは、融合を果たして終えて還っていくからである。

 (生まれた者もいないので、地球体験と言うのも表現上のものですが。)

 

(言葉はどれだけ尽くしても分離であるので、確かに表現することは出来ませんが、現状で気付きに至った(という意識)からの事を言葉で書き出すとこのようになります。ですが、これが全てではありませんし、あなたにはあなたの気付きがあるものですから、それを大切にされてください。)

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原初の形

“わたし"を見るためには“あなた”が要る。それ故、「私は」と生まれた者が、己を知るために「あなた」を生んだ。それが原初の形であり、 その初めの形を模したのが、ツインレイと呼ばれる二組合わせである。

この二つ組は、一元ではひとつ、二元では極限の陰陽に見える。故に、一元では“真映し"や“真鏡”、二元では“真反対”や“鏡”などと表される。
一元でひとつと見えるそれを「魂が二人で一つ」と誤認識されることがあるが、魂と呼ばれるそれは、それぞれ一つずつである。

レイ以外のツイン関係は、一元でもひとつではなく、二元でも、極限ではない陰陽である。

(勿論、どのツイン関係の組み合わせが良い悪いという話ではありません。どれもが完璧な現れの一つです。

そして、生まれた者というのは、言葉においての比喩です。)

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真我、魂の意図

創造というエネルギーの中で、「私は」と声を上げたものがあった。その声が真我である。

真我は、それぞれに何かしらの意図を持ち産声を上げる。それが〈魂の意図〉と呼ばれるものである。
その意図は、自我で作り替えたり出来ないものであり、その道から外れることはない。

個々の真我がエネルギーに手を加え創造した〈世界〉を、それぞれの個が体験し、自我によってその体験に色を付け味わっている。

言わば、あなたの真我は、あなたの〈世界〉の創造主であり、導き手である。

(産声を上げる、などというのも言葉上の比喩です。)